思えば遠くに来たものだ…。父上、兄上……。
しかし、シグルド公子とてカタキであるグランベルの臣下。
いつか剣を交える時が来てしまうのだろうか…？
…そのとき…私は……。
アグストリアの草原…。風のにおい。イザークを思い出すな…。
父上がいて兄上がいて…。……あの頃はとても平和だった…。
たった数年前の事なのに…、どうして……。
……………………。
広がる丘陵に、遠くには大海原。
戦なんてつくづく馬鹿らしくなるな。
……お。よぉ、アイラ。どうした？
こんなところで感傷にひたって。好きな男でもできたか？
ん、その手に持ってる思わせぶりな小箱は？
…贈り物など他の女にでもやれ。
私はそんな物に興味は無い。
俺はただこの雄大な景色を見に来ただけだ。
それにな、これは菓子だ。
俺が自分で食おうとアグスティの城下町で買い求めた物だ。
よっこらしょっと。早速開けるとしよう！
ふむ、ヘズル屋の焼き菓子“黒騎士”。
ほうほう、これは凝った形をしている。
甲冑と馬の部分で生地の種類が違うのだな。ふむ。
剣の柄の部分には野イチゴのジャムが添えてある。ふむふむ。
さて、では食そうか！
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……。
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……。
（この男、私の前で甘いものを見せびらかして食すと言うのか？）
わざわざシグルド公子に付き合って
遠くアグストリアまで来た甲斐があったってモンだな。
親父や兄貴は「男が甘いものを好むなんて外道だ」なんて
言うけど、この美味さを知ろうとしないなんて、全く気の毒だね。
酒には酒の、甘いものには甘いものの良さがあるのさ。
ま、俺は両方好きだけどな。
うむ、もう一個。もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……。
（うぅっ、アグストリアのお菓子…。私も食べたい…！）
（……あぁぁ。あぁぁ…でも…この男……憎らしいし…）
（んんーーーー………！）
ほろ苦いチョコレートの味がふんわりと口の中に広がる。
上品な甘さとブランデーの効き具合がなんとも言えんな。
重厚感がありながら同時に後味はサッパリとしている。
うーむ、この合わせ技は正に絶品。さて、もう一個。
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……。
……………………………………。
………………あ、あの…、…わ、私にも…お、お、お菓子…。
む。なんだその食い入るような視線は？
ははーん、この菓子が欲しかったのか？分かった、一個やるよ。
フ、フ、ハハハハ。アイラにも女らしいところがあったな。
よりにもよって甘いものに目がないとはな。ハハハハハハ！
い、いや、そう、そうだ、いや違う、
そう、甥のシャナン、シャナンがその欲し…いや、その…。
ハハハハ、こいつぁ傑作だ、けな気過ぎて涙が出るぜ。
ギャハハハハハハ！
ぬ、は、は、腹が痛い！！
ば、馬鹿っ！笑い過ぎっ！
お、お、女の前で甘い物を見せびらかして食べる奴があるか！
えーいっ、全部よこせ！！
あー…、行っちまった……。
…フッ、可愛い奴だ。